チベット学校建設推進協会からのお知らせ事項です。随時更新しております。


by yangjin2
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四川大地震被災地調査報告 5

8月24日にオリンピックが閉幕しました。

25日の早朝、私たちは震源地の汶川県に向かって出発しましたが、
やはり被災地の全体的な情報を把握しなければいけないと思い、
まずは州政府のある州都、バルカンを訪問することにしました。

バルカンでは州政府の副州長(教育担当の最高責任者)に
お目にかかりました。その結果、理県、汶川県、映秀鎮、茂県が
一番支援を必要としていることを聞き、その4か所を重点的に
回ることにしました。

ここからは話がちょっと私的なことになります。

バルカンは高校時代の同級生がたくさんいて、私が来たことを
聞きつけて、17名も集まってくれました。
20ウン年ぶりの再会で、会えたのが本当にうれしかったのですが、
いいことばかりでもありませんでした。

私たちがバルカンに着く一日前に同級生のひとりがすい臓癌で
亡くなったのです。私たちがバルカンに着いたその日に彼女の遺体は
親のいる故郷に運ばれ、葬儀が行われたそうで、最後の別れをすることも
できませんでした。彼女には12歳の娘がいて、彼女がいかに無念だったか、
心残りだったかと考えると、旧友たちとの再会の喜びも吹っ飛んでしまいました。

あともうひとつ、悲しかったことがありました。
簡単な食事でしたが、私のために同窓会を開いてくれることになりました。
当日はちょっと早めに約束していたレストランに行ったのですが、
すでに十数人が待っていました。あまりにも感激して、男女関係なく
抱擁してしまいました。
高校を卒業して20ウン年ですので、皆いい年齢になって、
お互いに変わってしまいましたが、なんとか特徴を思い出して、
判別することができました。

しかし、ひとりだけ“年配の男性”が端のほうに立っていました。
誰かの親戚でもきたのかな?と思い、頭だけ下げて挨拶しました。
そうしたら、隣にいる友人が
「ヤンジン、なにをしているの!この人はツォボンだよ!ツォボン!」
「え!!!!!」
本当に仰天しました。

彼は他の人より二十歳も上に見えました。
まじまじとその顔を見つめましたら、ほんのわずかな表情から
やっとわかりました。
もうその変わりようにビックリして、なぜか涙がドバッと出てしまいました。

彼は高校時代、クラスで一番の暴れん坊でした。
喧嘩っ早く、よく他の男子生徒と小競り合いをおこしていました。

ある日のことです。なにを思ったのか、こぶしで寮の部屋の窓ガラスを割り、
切れた手首から血が噴き出しているのに、病院に行こうとしないのです。
他の男子生徒が困り果てて、当時学級委員をしていた私に助けを求めにきました。

けれども、それでも言うことを聞かなかったので、私も腹が立って、
思わず「いいかげんにしろ!」と大声で怒鳴ってしまいました。
しかし、それが効いたのか、その後彼はとてもおとなしくなって、
私と一緒に病院に行って、治療を受けてくれました。
いい意味では、それほど元気な子でした。

今回、その面影はまったくなくなっていました。
疲れきった顔は浅黒く焼け、体はとてもやせ細っていました。
私だけではなく、他の友人二、三人も当初彼が来ていることに
気がつきませんでした。
私は彼に「私のこと覚えてる?あなたを怒鳴ったヤンジンだよ」と言うと、
彼は無言でうなずき、スッと手首の傷を見せてくれました。
その傷はまだしっかりと残っていました。

彼のそばに座り、ずっと話しかけました。
けれども、彼は下を向いたまま、うなずくだけでした。
目を合わせようとしないのです。

旧友たちからの話によると、
彼は高校卒業後そのまま実家の農業を継いだのですが、20代前半に
同じ県の草原地帯に住む遊牧民の女性と結婚し、婿養子になったのだそうです。
それから今までずっと放牧の生活をしながら、三人の子供を育ててきました。

高卒というのは当時そこそこいい学歴で、都会に出稼ぎに行ったり、
商売の世界に入ったりする人が多かったです。
それにもかかわらず、彼が遊牧の仕事を選んだというのは、
その女性のことがよっぽど好きだったのでしょう。

私自身も子供の頃、経験しましたが、放牧は本当に大変な仕事です。

ある年の冬、放牧していたヤクが2,3匹行方不明になりました。
彼はそのヤクを追って、山の中を捜し回ったそうです。
そして、大雪が降る中、道を踏み外し、穴に落ちてしまいました。

家族と村の人々の懸命な捜索の結果、3日後、雪の中にいるのを
発見されたそうですが、生きていたのが不思議なくらい衰弱していました。
病院での集中治療で、命だけは取り留めましたが、心臓病などひどい後遺症が
残ってしまいました。

若いころはとげとげしていて、攻撃的だった彼が今では誰とも目を合わさず、
なにも話さず、ずっとうつむいているのです・・・

20数年という人生の重みをしみじみと感じさせられた同窓会でもありました。

同級生のみんなには平凡でもいいから、幸せに暮らしていてほしいという気持ちが
強かったゆえに、彼の姿は本当にショックでした。
でも、同窓会に出てきてくれたそれだけでも感謝しています。
心ばかりのお見舞いを別の友人を通してお渡ししましたが、
少しでも症状が和らぎ、少しでも元気になってくれることを願ってやみません。

                   つづく
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by yangjin2 | 2008-11-10 23:44 | 四川大地震