チベット学校建設推進協会からのお知らせ事項です。随時更新しております。


by yangjin2
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<   2008年 10月 ( 4 )   > この月の画像一覧

まだまだ余震が続いている被災地をいくつも廻らないといけないので、
安全面から考えても、体力的に考えても、
やはり三才未満の息子はとても連れていけないと思いました。

唯一の方法は、息子を私の家族に預けることです。
しかし、普段からあまり接していない者同士、そのうえ言葉も通じません。
きっと息子は不安になるに違いありません。
そう思うと私たち夫婦も気にかかって、調査に専念できそうにありませんでした。
それで、息子が実家の家族に慣れるまで、
少なくとも一週間は実家にいなければと思いました。

息子のことばかり書きましたが、実は実家に着いたその日から、
わが主人もまたまた高山病にかかってしまいました。
今回は少々日にちがありましたので、ゆっくり慣れてもらおうと、
酸素ボンベも薬もあたえず、病院にも連れていきませんでした。
息子は初日から元気に走り回っているというのに・・・。

家族からも「オリンピックの期間中はどこも検問で厳しいと思うから、
家でじっとしておいたほうがいいよ」と言われました。

考えてみると、主人が高山病から完全に回復までやはり日にちがかかるし、
いっそオリンピックが終了するまで実家にいようと決めました。

到着五日目、主人はようやく元気になりましたので、
一緒に県政府の関連機関に御挨拶とパスポートの登録に行きました。
今までこのような手続きはしたことがなかったのですが、
今回初めて登録に来るよう言ってきましたので、いうとおりにしました。

例年でしたら、実家の家族、兄弟はほぼ全員有給休暇をできるだけ貯めて、
私たちの帰郷に合わせて休みを取ってくれていました。
しかし、今年は休暇が取れないうえ、ほぼ土日もなしで仕事をしていました。
そのうえ仕事場の同僚たちと交代で、夜も宿直しなければなりませんでした。
理由は、朝晩問わず、もし何か起きた場合、自分たちの職場を守り、
そのことをすぐ報告しなければならないからです。
それは3月15日(ラサでデモが起きた次の日)から始まったということでした。

                   つづく
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by yangjin2 | 2008-10-07 23:40 | 四川大地震
実際に入って見ると、変わり果てた故郷の姿に本当に驚きました。

3月16日のデモの影響でしょうか、町の入口にはすべて検問所ができていて、
そこには高さ3メートルほどの見張り台と兵士の身を守るためのバリケードを築かれ、
更には何台もの機関銃が置かれていました。

町の中ではひんぱんに兵士をいっぱい乗せたトラックが走り回っていました。

また、町の十字路などには警察官が立ち、至るところに巡回している軍人の姿が
見えました。そのほとんどが、十数人ひと組になっていて、肩には本物の銃を
かけていました。

テレビか映画でしか見たことのない景色を目の当たりにして、
正直体が震えるほどのショックを受けました。

これほど気分の重い帰郷は初めてでした。

そのうえ故郷に帰るためにお世話頂いた友人からも、
「故郷にいる間、ご自身の言動には特に気をつけてほしい」
と言われていました。

せっかくノートパソコンを買ったのですが、そんな状況でしたので、
とてもブログを更新することはできませんでした。

                      つづく
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by yangjin2 | 2008-10-05 23:33 | 四川大地震
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昨日は神戸、今日は名古屋、明日は広島と毎日講演会が続いています。
バタバタしている中での更新ですので、お待たせすることもあるかと思いますが、
どうぞよろしくお願いします。
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成都から汶川県までの道は地震のため閉ざされたままです。
仕方がなく成都から飛行機で九賽溝空港まで行き、
そこからはアバ州政府の役人さんに専用車で迎えに来てもらい、
そのまま自宅のあるアバ県まで送っていただきました。

その空港からアバ県までの距離は、車で大体5時間ぐらいです。
空港の周辺は地震の被害もそれほどなく、
昔から慕ってきた山の景色にほっとし、安心しきって車に乗っていました。

2時間ぐらい走りますと、景色は山から草原へとだんだん変わっていきました。
ヤクやら羊の群れ、そして遊牧民のテントも見えてきました。
故郷がだんだん近づいていることにとてもうれしくなって、
おもわず歌いそうになりました。

しかし、突然車が止まりました。
「え!もしかしたら故障しちゃった!」と思って前を見ると、
私たちの車以外にもすでにたくさんの車が止まっていました。
そこはある村の入り口でした。

車の周りには本物の銃を持った完全に武装した軍人がたくさんいて、
運転手や乗客も全部降ろされ、車のトランクまで開けられていました。
かなり厳しい検問を受けていました。
最初は一瞬、間違ってイラクに入ってしまったのではないかと思いました。
やっと取れた緊張感がまた一気に全身を襲ってきました。

よかったのは、私たちが乗っているのは州政府の車です。
ですから、運転手さんが降りていって、挨拶しただけで通らせてもらいました。
本当にびっくりしました。
                      
                      つづく
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by yangjin2 | 2008-10-03 23:27 | 四川大地震
日本を出る前から、この度の帰郷はいろいろな困難に
ぶつかるだろうと予想はしていました。
しかし、実際の状況はその予想よりはるかに厳しかったです。

成都で知人から
「あなたは海外藏胞(外国に住むチベット人)でしょう。
まあ支援者として被災地に調査に行くことは可能かもしれないけれど、
あなたの故郷であるアバ県は3月のデモの後とても敏感になっているので、
正式な許可証がなければ絶対に入れてくれないと思うよ。
あと2日でオリンピックが始まるこの時期は特にね。
だってアバ県の隣の町、久治県の人さえ入れないんだから」と言われ、
現地の厳しさを改めて知らされました。

昔、両親は私が日本に行くことをとても反対しました。
そのひとつの理由が、もし中国の政策が変わったり、
外交関係が悪化したりすると、
外国にいる私と二度と会えなくなるのではないかという心配からでした。

年配の母親と家族を安心させるためにも絶対に故郷まで帰らなくてはと
思いました。

それからというと、公私に渡って知人や友人に理解と応援を求め、
最終的には、なんとか許可証を手に入れることができました。
しかし、そのため成都で一週間以上も待たされました。

                       つづく
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by yangjin2 | 2008-10-01 23:24 | 四川大地震